東京地方裁判所 昭和38年(ワ)8773号 判決 1963年12月20日
事実
巴建設工業株式会社は甲南工業株式会社より破産の申立を受け昭和三六年三月二〇日午後四時破産宣告され、同時に原告はその破産管財人に選任された。本件不動産はもと武下清人の所有であつて、その名義人であつたところ、巴建設工業株式会社(以下破産会社という)は右不動産の譲渡を受けて所有権を取得し昭和三二年七月二〇日武下から売買を原因とする所有権取得登記を経由した。ところが被告美装工業株式会社は昭和三五年二月一三日破産会社から代物弁済により右不動産の所有権を取得し、同日所有権取得登記を経由した。
しかしながら、破産会社は右譲渡直前の同年二月四日取引停止処分を受けて、支払を停止し、多数の債権者に対し数千万円の債務を負担し支払不能の状態に陥つていたが当時の破産会社の代表取締役疋田熙吉は被告美装工業株式会社の代表取締役をも兼ねていたから、同会社は破産会社の右状態を当然熟知していた被告相良は右不動産について右破産宣告後である昭和三七年五月一日交換を原因として所有権を取得したものとして同年同月八日所有権移転の仮登記を経由したが同被告は疋田と兄弟であつて住居を同じくし、被告美装工業の役員であるので、前記否認の原因あることを知つていた。甲南工業株式会社は破産宣告の申立をなしたものであり、否認の原因を知つていたものであるが、破産宣告後である同年四月一六日右不動産について抵当権の設定を受けた。それで、破産管財人は被告等の行為を否認し、各登記の抹消登記手続を求めた。
そして本件不動産は破産会社に帰属したことはないので、被告美装工業の関係で否認されるべき筋合はないし、その余の被告らの関係において破産財団に属すべき理由はないので、原告の請求は失当であると主張した。
理由
被告美装工業株式会社は武下清人から昭和三一年九月一〇日本件不動産を代金二二〇万円で買受け、同年一一月一五日頃までに右代金の支払をしたことが認められるので、右契約により同被告会社は本件不動産の所有権を取得したものと認めるべきである。
しかしながら、右不動産について昭和三二年七月二〇日武下清人から破産会社名義になされた所有権移転登記は右被告会社と破産会社とが通謀して破産会社に所有権を帰属させる意思はなく、破産会社に信用を与えるための単なる登記名義人とする意図に出たものである趣旨の被告美装工業株式会社代表者疋田熙吉、被告相良荘三郎の各供述は次の理由によつて措信し難いところである。
即ち右疋田、相良の各供述によれば、被告美装工業株式会社は昭和二三年頃建築物の塗装工事を主たる営業目的とし、疋田が中心となりその兄弟の相良その他の親族が役員となつて設立されたものであつて、建築に関係したところから建築請負を営業目的とする会社の設立を企図し間もなく昭和三〇年頃交替して高橋逸郎を社長とし、疋田が専務取締役となつて、それぞれ代表権を保有したが、高橋は経営上の実権者ではなく疋田がこれを主宰したもので、被告美装工業とはいわゆる兄弟会社の関係にあつて、事務所を同じくし、本件土地も両会社が共同して使用していたこと、疋田としては破産会社が自己の経営と同様に発展することを企図していたものであつて、本件不動産の所有権が両会社のいずれに帰属するかについて深い関心を持つていなかつたところ、前記のように破産会社が支払停止となつたので相良の強い要求により本件土地の所有名義を被告美装工業に移転する措置を取るに至つたものであることが認められる。また、証人増島盛太郎の証言によれば、武下が本件土地を売り渡す際疋田とその交渉をしたが、疋田は買受会社の名を表示しなかつたので、売主側としては疋田個人かまたはその主宰する会社が買主になるかについて全く関心はなく右不動産が武下から破産会社に移転登記になることについて何も告げられていなかつたことが認められる。そしてまた破産会社から被告美装工業株式会社に昭和三五年二月一三日(破産会社の支払停止の直後)本件土地の所有名義を移転するに当り両会社の代表者である疋田はその登記手続を代書に依頼する際同被告会社が破産会社に貸金等の債権を有していたので、その代物弁済として右土地の移転登記手続をすることとしたことが認められる。
右認定事実によれば、破産会社と被告美装工業との代表を兼ねた疋田としては破産会社に右登記名義を移転する当時本件土地の所有者を被告美装工業とするか破産会社とするかについて明確に認識していたものではなく、したがつてその帰属権利者を区別せず、いわばどちらでもよいと思つていたものと推認すべきである。
そしてこの事実と前記のように武下から破産会社に売買名義による所有権の移転登記がなされ、更に破産会社から被告美装工業に代物弁済名義の所有権移転登記がなされた事跡に照すと被告美装工業は昭和三二年七月二〇日当時破産会社に対し本件不動産を譲渡により所有権を移転したものと推認するのが相当であり、したがつて右譲渡が真意を伴わない通謀虚偽表示であると認めることはできない。
他に右譲渡行為が通謀虚偽表示であることを認めるべき資料はない。
してみれば、破産会社が被告美装工業株式会社に対し昭和三五年二月一三日本件不動産の所有名義を移転したのは単に所有名義に止まらずその所有権を移転したものと認めるべきである。
ところで破産会社がその直前である同年同月四日取引停止処分を受け支払を停止し、多数の債権者に対し数千万円の債務を負担し支払不能の状態に陥つていたこと及び破産会社の代表者疋田は被告美装工業の代表取締役を兼ねていたことは、同被告の認めるところであるから、同被告は破産会社の右状態を知つていたものというべきである。してみれば、右譲渡と登記に対し破産法第七二条第二号第一号に基く本件否認権の行使は適法と認めるべきである。そして被告相良、甲南工業株式会社が原告主張の四、五に記載のように本件土地について所有権移転の仮登記と抵当権設定登記を経由したことは同被告らの認めるところであるが、右各契約と登記は本件破産宣告後になされた破産財団に属する本件不動産の処分であるので、原告に対抗し得ないことはいうまでもない。